かーしーて。どーおーぞ。

今日、Youtubeでしまじろうのアニメを見ていて、

「お友達が『貸して』って言ったら『どうぞ』って言おうね!」

というニュアンスの回がありました。娘は楽しそうに、

「かーしーてっ、どーおーじょっ。」

と何度もリピート。子どもって素直な分、スッと入ってしまうというか…教育って一歩間違えれば洗脳ですもんね。子どもたちが『なぜ』を言えるように、また、大人も一緒に考える姿勢を持っていたいものです…。

で、疑問。

お友達に、「貸して」と言われたら、貸さなきゃならないのか…?「どうぞ」と言うのは偉いのか?優しいのか?

自分もずーっと待って、やっと貸して貰ったのかもしれないし、使い始めたばっかりかもしれないのに。「『どうぞ』って言うんだよ」っていうのは、貸して貰う方の気持ちは満たされるかもしれませんが、貸す方の気持ちは無視している…。なんかちょっとズレている気がします。

しかも、

  • 貸す→使いたいのを我慢。対価として『優しい』『偉い』と褒めてもらえる。
  • 貸さない→使えるけど雰囲気悪くなって、居心地悪くなる。挙句、『いじわる『『わがまま』と言われる。

どっち選んでもイヤですね(笑)「貸して」って言われたら最後、イヤな思いはするのか…。親の立場で言うなら、褒められることに価値を置き、気持ちに蓋をするよりも、子どもらしく「まだ使いたい!」でも「やだ!」でも、自分の気持ちや想いを自覚し伝えることや、受け止めてもらえる経験の方に重きを置きたいところ。人に対する優しさって、まずは自分が認めて貰う経験があってこそ、滲み出るものだと思うのです。

貸して貰う側であれば、待つことや諦めることを学べる良い機会だし。

たくさん使っていたのであれば、『他にもあなたと同じように使いたい気持ちを持っている子がいる』事を伝えてみる。使って間もないのであれば、『まだ使っているから、もう少し待って』と言えるように話してみる。親の立場で出来ることは、何度も繰り返し声かけることくらい(まさか強制的に取り上げるわけにはいかないし)ですが、子どもが “そうせざるを得ない” ような我慢のさせ方はしたくない。『我慢』は子どもが自由に選べる選択肢の一つであってほしいと思います。

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